2012年4月11日水曜日

河野教授


哺乳類の単為発生放棄

有胎盤類の哺乳動物では、受精卵はメスの体内で個体発生を遂げる。これは確実な繁殖方法で、危険が迫っても母親が避難することにより、胎児の安全が確保される。一方、体外に卵が産み落とされる生物では、環境の急変や外敵といった次世代の生命を脅かす危険に常に晒されている。

哺乳類は胎生へと進化したのと同時に、単為発生(卵子のみから個体が発生)することを完全に放棄する仕組みを獲得している。雌雄生殖細胞の遺伝情報には決定的な差異があるために、受精を介して両者が協調的に貢献することが個体発生に不可欠となっているのである。  これまでの研究成果からは、巧妙に仕組まれた遺伝子発現の制御方法と、次世代誕生に対する父母ゲノムの明確な意志が伝わってくる。

 

父母ゲノムの決定的な差異

哺乳類では、精子と卵子が受精して雌雄ゲノムからなる2倍体の胚となることが次世代を残すために必要だ。一見至極当然のように思われるが、哺乳類に限った現象で、鳥類ですら七面鳥などで見られるように受精することなく卵子が孵化することが知られている。


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哺乳類の個体発生に精子および卵子に由来するゲノムの両者が不可欠である理由は、ゲノムに刷り込まれた後天的遺伝子修飾(ゲノムインプリンティング)により説明される。哺乳類では、雄ゲノム(精子由来の染色体)でのみ発現する遺伝子、逆に雌ゲノム(卵子由来の染色体)でのみ発現する遺伝子が存在する。これらの遺伝子はインプリント遺伝子と呼ばれ、現在までに80を超える遺伝子が報告されている。約30,000ある遺伝子の大多数は、メンデルの法則に則り卵子および精子のアレル(遺伝子座)から等しく発現されている。したがって、卵子と精子の根源的な機能差は、インプリント遺伝子の発現差の結果であると理解できる。

 

二母性マウスの研究


赤ちゃんは生き続ける!

私たちは、生殖細胞ゲノムに刷り込まれた情報の実態に迫りたいと、1995年からプロジェクトを立ち上げ研究を行ってきた。そこで、生殖細胞ゲノムの機能についてエピジェネティクスの視点から、とくに生殖細胞形成課程におけるメチル化インプリントに焦点を当て理解を深め、卵母細胞ゲノムにおけるインプリント遺伝子発現パターンを父性(精子ゲノム)パターンへ改変するシステムを開発した。単為発生との混同を避けるために、2セットの半数体雌ゲノム(卵子ゲノム)を持つことから、二母性卵/胚/マウス(bi◯maternal embryos)と呼ぶことを昨年提案し、世界的に受け入れられている。  これまで得られた成果の要点をごく簡単に、以下の3項目に要約することができる。

1)新生仔マウスの非成長期卵母細胞ゲノムは、母性メチル化インプリントを欠如しており、そのメチル化様式は精子におけるメチル化パターンと類似する。2)7番染色体および12番染色体の父性メチル化インプリントを受ける領域に存在するインプリント遺伝子の父性発現は個体発生に必須である。3)1)および2)条件を同時に整えることにより、ほぼ父性型のインプリント遺伝子発現をする母性ゲノムを得る。

 

30%以上の確率で成熟


黄体形成ホルモンは、まだ排卵した後に高いでしょうか?

上述の条件を満たした二母性胚は、30%以上の確率で正常な成熟雌マウスにまで発育することを実証し、最終的な証拠の提示をすることができた。実験成果が再現性の高い確実なものであることを示すため27匹の成熟雌を作出して報告した。このマウス作出は博士研究員の川原学博士が担当した。また、修士課程の3名の学生も協力しており、論文に著者として名を連ねている。

誕生した二母性マウスの正常性を確認するため、1)発育試験、2)繁殖試験、3)生存性調査、4)病理組織解析、5)行動解析、6)血液生化学的解析、7)網羅的遺伝子発現解析を実施した。

その結果、二母性マウスは、極めて正常な個体であると判断できた。さらに、約45,000の転写産物の定量発現解析が可能なマイクロアレイ(Affimetrix社 GeneChip)による網羅的遺伝子発現解析を実施した。その結果、受精卵由来胎仔と比較し、極めて少数の遺伝子において統計学的に有意な変動が認められたに過ぎなかった。しかも発現量が低いことから発生の異常の原因とは成り得ないものと推察される。

 

雌雄ゲノム別の個体発生支配

さて雌雄ゲノムがどのように個体発生を支配しているのだろうか。言い方を変えれば、雌雄ゲノムがどのように個体発生を阻止しているのか? あるいは、次世代の誕生に雌雄ゲノムがどうして不可欠なのか? とも表現できる。


雌ゲノムで成立するDNAメチル化修飾により発現調節を受ける遺伝子は、胎児が着床の成否を支配しており、卵子ゲノムだけでは着床を不成立にし、結果的に個体発生を遂げることを阻止している。一方、雄のゲノムでは、わずか2ヶ所のDNAメチル化領域により支配されるインプリント遺伝子が、妊娠中期からの胎児の発育・成長を支配することにより、個体発生を支配している。雄ゲノムが存在しないと、胎児の発育は極端に抑制され致死となってしまうのだ。個体発生に対する雄ゲノムの必須性を確保している。

 

見事な生命現象に感動

個体発生という最も重要な生命現象において、あたかも雌雄ゲノムはそれぞれの意志を持ち、自らの遺伝情報をいかに効率的に次世代へ伝達するかを競っているかのようにも見える。ゲノムインプリントにより少なくとも哺乳類の雄は、自らの遺伝情報を例外なく確実に子孫に伝える生殖方法を獲得した。一方、雌側から見ると、胎生であるために生じる妊娠による自身の生命の危険性を可能な限り排除しているとも考えられる。

さらに不思議なことは、雌雄生殖細胞で行われる遺伝子の修飾が、厳格な選択性をもって正確に実行されていることだ。あまりの見事さに感動すら覚える。そこには、まだまだ明らかにしなければならない謎が満ちている。

 

 

参考文献 1.Kono, T., et al., Nature Genetics 13, 91◯94(1996).


      2.Obata, Y., et al., Nature 418, 497―498(2002).

      3.Kono, T., et al., Nature 428, 860―864(2004).

      4.Kawahara, M., et al., Nature Biotechnology 25,1045―1050(2007).



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